ランナバウト

意外にも競艇は公営競技の中では最も遅く発足しました。

昭和27年4月長崎県大村市の「大村競艇場」で行われたのが最初です。

現在では6雙だてのみとなっていますが、当初は開始当初は7雙だてや8雙だてなども見られました。

ボートの種類もランナバウトとハイドロがあり、ランナバウトは重ランナと軽ランナと呼ばれる2種類。

波が高く荒れているときに使用するボートが重ランナでした。

何がなんでもレースを行う心意気だったのですね。

それだけこの収益金の利用どころが決まっていたのでしょう。

もともと日本の復興のためのお金集めとして始まったのが公営競技です。

軽ランナは普段使いのボートです。

特殊な操作技術を要するものでした。

今のハイドロのように前かがみで乗ることはできません。

少々ボートの前を浮かせ気味にし、身体を立てた状態で運転していました。

コーナリングなどでは腕力でぶん回すといったころも必要なことから、重量級の選手に分があるといったこともありました。

「しゃくる」「煽る」といった言葉で走行を表現されていたものでした。

質のアップ

ランナバウトには重量制限がなく、ハイドロにはあります。

体重を落とすことが出来ない選手は、競艇を辞めざる得なくなったのです。

これが「競艇選手の質のアップ」に使われました。

過去の「誰でもいいよ」という時代の選手を一掃するために必要な処置でした。

その時期を見事乗り越え活躍した選手は、大森健二選手、納富英明選手、木下清海選手、高塚清一選手、亀岡紀智信選手あたりが有名です。

いずれも長身で身体が大きく、さぞ減量に苦しんだ時期があっただろうと推測します。。

情熱と愛情がなければ乗り越えられるものではなかったでしょう。

このランナバウトは平成5年に正式に廃止となりました。

それまでも使われることはありませんでしたから、「廃止されてたんじゃないんだ」と少々驚いたものです。

何年か前に中道さんがエキジビションでランナバウトの操縦を披露なさいました。

しかし中道さんとて、現役時代にランナバウトに乗ったことはないはずです。

恐ろしかったんじゃないでしょうか。

ランナバウトは旋回時が大変危険であることが、廃止の理由となったものなのです。

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