父と子

三國連太郎さんの葬儀には佐藤浩市さんは出席なさらなかったそうですね。

告別式では喪主は佐藤さんだったようです。

葬儀の時には撮影を優先して欠席されたようですが、それは故人の遺志を尊重した結果であったとおっしゃっています。

佐藤浩市さんは3番目の奥さんとの間に出来た御子です。

二人の間にはつねに大きな川が横たわっているような、不思議な感覚が見て取れていました。

佐藤浩市さんの前に女のお子さんを身ごもったまま離婚した奥さんがいたように思うのですが、そのお嬢さんはどうなったのでしょう。

佐藤浩市さんと奥様も三國連太郎さんに捨てられてしまいます。

父としては「酷い」としながらも、役者としての三國連太郎さんには敬意示していると佐藤浩市さんにはおっしゃっています。

佐藤浩市さんが離婚なさったときに、どうして同じことを。。。と悲しく感じてしまった記憶があります。

子どもをもうけていたと思うのですが、その子がまた悲しい思いをします。

佐藤さんご自身辛い幼年期、少年期をお過ごしになったはずです。

因果応報なのかと、やるせない気持ちになりました。

ただ次の結婚はいまだに続いておいでですから、ハタからは解らないなにかがあって離婚に至るものなのでしょう。

とはいえ子どもが受ける悲しみは知っているであろうにと思う気持ちにはかわりありません。

子供はそのうち親を赦すものです。

苦しみながら、それでも大人になってなんとか理解しようと傷つくことと引き換えに赦すのです。

佐藤さんご自身、三国さんの亡骸の前で、思うところ多かったでしょう。

三国さんご自身も、母親の死の際「未だに許していなかった自分に愕然とした」といったお話をされていました。

当事者でなければ分からないこと

どうして子供は親から受けた悲しみを繰り返し与えてしまうのでしょう。

ほんとに赤の他人ですから、判断できないことは多いものです。

当事者でなければわかならいと言われればそれまで。

大人の都合や心根は、本当に理解することは難しいかもしれません。

それでも「子供心」はなんとなく理解できるものです。

石橋貴明さんのお嬢様が複雑な心中を語っていられたことがありました。

いま鈴木保奈美さんがテレビにお出になって、時々教育のことなども口に出されます。

もし自分のお子を幸せに育てたと自負があるならば、捨てられた子(少なくともお子はそう思っている可能性があります)へのご配慮も。。。と願うばかりです。

あの話しは、私が前妻の子であれば、辛くて聞けないのです。

「あなたのせいで私は父がいない生活を強いられた」と思ってしまうものです。

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